【漫画】忘れないで「貸本漫画」 “文化の礎”築いた1万冊公開…福島県只見町
漫画を外交分野などで活用しようとする動きが広がっている。
麻生太郎元外相が創設した外国漫画を対象とする賞「国際漫画賞」の第1回表彰式が7月に行われたほか、経済産業省は10月に「MANGAフェスティバル」を開催。
しかしその陰には、日の目を見ずに消えていった漫画文化も存在する。
「現代漫画の礎となった漫画たちを忘れないでほしい」。
福島県只見町で私設の漫画図書館を開いた高野行央さん(58)はそう願っている。
高野さんが只見町に漫画図書館「青虫」を開館したのは平成18年4月。
館名は漫画雑誌「ガロ」の刊行元「青林堂」と漫画家、故手塚治虫氏から1字ずつを取った。
「今と違い、私の少年時代は『漫画なんて』という風潮だった。
家が厳しかったこともあり、中学から大学時代はほとんど漫画を読まなかった」漫画を集め始めたのは、横浜市で会社員として働き始めた20代の半ばから。
「子供時代に読んでいた懐かしい漫画をもう一度読みたい」という思いから、東京都内の古本屋などをめぐり、買い集め始めた。
「酒、たばこ、ギャンブルはせず、給料のほとんどを漫画収集に費やしていた」と笑う。
そうして約30年間で、約3万冊を所有するに至った。
高野さんは当初、漫画図書館を開く気持ちはなかったという。
「集めた漫画は定年後にゆっくり読もうと考えていた。
しかしある時、本たちが『自分たちを閉まっておかないで』と訴える声を聞いた気がしたんです」公開できる場所を探し始めたところ、偶然、高野さんの漫画倉庫があった福島県金山町に隣接する只見町に「たかもく」という古書店があると知った。
たかもくは「本と森の交換」というユニークな経営方式で運営され、持ち込まれる古本を只見町の森と交換している。
吉津社長の「森の所有者となった都会の人に只見町を訪れてほしい。
只見を本の町にしたい」という思いに共感した高野さんは、同町の廃教会を300万円で購入、図書館に改築した。
青虫には現在、約1万冊が並べられ、誰でも読むことができる。
「日本のストーリー漫画の原点」とも評される手塚治虫の「新宝島」(昭和22年)や、昭和20〜30年代に存在した「貸本漫画」など、現在は入手困難な作品も数多く収蔵されている。
そのため、利用者は昔を懐かしむ40〜50代がほとんど。
遠く関西地方から訪れる人もいるという。
「それでもこれまでの1日の最大利用者数は8人。
田舎でやっているし、もうけようと思っていないから」高野さんは現在、漫画が社会的に注目されている状況について、「漫画が日本の国際的なアピールになるのならば、それはとてもいいことだと思う」という。
その上で「そうした華やかな動きの中で、貸本漫画のことを忘れてほしくない」と付け加える。
貸本漫画は大手出版社の流通ルートに属していないため書店に並ばず、読むには貸本屋で借りるしかなかった。
その半面、規制が少なく、大手の出版社が呼ばない無名作家の修業の場ともなった。
さらに買うよりもずっと安く漫画を読めるシステムは、戦後初期の漫画少年たちをとりこにした。
「今となっては、貸本漫画家たちはほとんど忘れ去られてしまった。
しかし現在の漫画文化の裾野を広げたのは間違いなく彼らであり、彼らの作品です。
日本漫画の原点としての貸本漫画を若い人にも読んでもらいたい」。
高野さんは漫画に囲まれながら、そう話した。
SankeiWE
http://www.sankei.co.jp/chiho/tohoku/070926/thk070926001.htm







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